あっこちゃんの日記

タイガース、ゴルフ、野菜作り、トレッキング、Nゲージレイアウト、社交ダンス、合唱など手当たりしだい日記風に書いてゆきたい。
▼ カッパドキアを満喫「エジプト・トルコ・ギリシャ紀行(6)」
[ 旅行 ]
まず、トルコ絨毯屋に立ち寄る。なるほど肌触りは素晴らしいいが、高すぎて手が出ない。つきまとわれて逃げるのに苦労したが。ここは冷やかしだけで終える。
カッパドキアには多くの地下都市があるというが、その中のカイマルク地下都市を見学する。地下8層からなるというが、内部は迷路のようになっており大きさは実感できない。粉ひき臼、家畜小屋、台所など生活の香りが残っている。常に外敵からの侵入におびえて暮らしてきた民に比べると昔も今も日本はなんと平和ボケなんだろうか。

地下都市を跡にすると、車窓からはグランドキャニオンのような渓谷と奇岩群が見えてくる。最初はスリーシスターズだ。我が家の三姉妹もこのように永く仲良くやってほしいものである。

ラクダ岩の前で記念写真を撮り、パジャパーへ。これぞカッパドキアというキノコ状の奇岩群が並んでいる。

洞窟レストランでの昼食後、ウチヒサールへ。住まい跡の大きな岩山には多くの入り口や窓がみられる。迫害から逃れて移住したキリスト教徒が作った岩窟教会が集まっているというギョレメの谷を車窓から眺め、奇岩群を堪能し、アンカラへ向かう。

途中、大きさが琵琶湖の2倍、水深が2mで、死海と同じ35%という濃度の塩湖トゥーズ湖に立ち寄る。湖面がピンク色に見えるのは潮が固まりつつあるからとのことで、湖岸を散策すると塩が固まりつつあるのがよくわかる。
author : あっこちゃん(greattiger1) | 11:08 | comments(97) | trackbacks(9) |

▼ 高温障害か・・・
[ 家庭菜園 ]
丹波の黒豆の莢がつかない。丹波の黒豆を枝豆でいただくのが美味で、毎年栽培しているが、今年は変である。
例年通り6月24日に播種し、その後。生育も順調で、たくさん開花もした。いつもなら開花後すぐ小さな莢が見られるのだが、それが見られない。
インターネットで調べると交渉障害で莢がつきが悪くなることがあるとの記述を見つける。特に夜間の冷え込みが重要とのことである。
夜でも30度近い日が続いているので、さもありなん。
丹波の黒豆を栽培している方、おられましたら状況教えてください。
author : あっこちゃん(greattiger1) | 10:55 | comments(666) | trackbacks(0) |

▼ パムッカレからコンヤヘ「エジプト・トルコ・ギリシャ紀行(5)」
[ 旅行 ]
パムッカレとは綿の城の意味。石灰を含む温泉水が長い年月をかけて綿の城を作り上げた。石灰棚の上に、古代の温泉保養都市ヒエラポリスの遺跡群が乗っかている。ということで文化と自然の両方の世界遺産である。

ピエラポリスの遺跡群に中を少し歩くと、石灰棚の上に到着する。朝一番乗りで、石灰棚へ裸足になって入る。今は温泉水が涸れてきて、石灰棚の一部にしか水がないのは残念であるが、見る方向により、たたえられた水は水色になり、美しい。

流れている水に足を浸すとあったかい。しばし足湯でリラックスする。
ヒエラポリスはローマ時代、特に栄えたようで、ローマ時代特有の円形劇場など、多くの遺跡が発掘されている。

水不足のパムッカレからコンヤヘ向かう。途中、けしの花の畑が多い。白い花が大部分で、ポツポツと青紫色の花が混じっている。医薬用のモルヒネをとるため認可されているとのこと。

けし畑からサクランボ畑に変わると、セルジュクトルコの首都であったコンヤに到着。イスラム神秘主義のセマ(施舞の儀式)で有名なメヴラーナ博物館を見学。信者と我々のような観光客が入り混じり、混雑の極みである。イスラム神秘主義教団を創設したルーミの霊廟で現在は博物館として聖人たちお棺や、セマ関連のグッズが展示されている。踊り子はくるくる回り踊りを踊っていると忘我の状態で神の世界に入るとのこと。恐山の巫女みたいなものかと言えばおしかりを受けるか?
author : あっこちゃん(greattiger1) | 11:05 | comments(112) | trackbacks(0) |

▼ プルサからパムッカレへ「エジプト・トルコ・ギリシャ紀行(4)」
[ 旅行 ]
6:45ホテル出発。イスタンブールからフェリーでマルマラ海を横断し、一挙ブルサへ。一組の老夫婦が置いていかれる。何とか間に合ったが40名の引率は大変だ。
ブルサはオスマントルコ最初の首都で、緑のブルサと言われるだけあってさすがにきれいな街である。
まず、ウル・ジャミイへ。ウルとは大きいという意味なのだが、いわゆる大きなドームがないため建物は目立たない。1400年代はまだ大きなドームを作る技術がなかったため、とのことである。
現代では建物の外にある「清めの泉」が建物内部の中央にある。内部はアラベスク文様が壁画のように書かれているのが目につく。偶像崇拝禁止に対するせめてもの抵抗か?

ル・ジャミイを出て、横の絹製品のバザールを覗く。イスタンブールのバザールなんかより安くて面白い。
次にインシェル・ジャミイへ。このジャミイもオスマン初期のスタイルで、ドームはなく、清めの泉が中にある。内壁が青緑色のタイルで覆われていることからグリーンモスクと言われている。

グリーンモスク横のレストランで昼食にイスケンデルケバブをいただく。ケバブは本場のものなので美味しかったが、モスク横なので、アルコールは置いてないのが残念であった。レストランからの帰りブルサ名物のマロングラッセを購入。30粒ぐらい入って、17リラは安い。お味は帰ってのお楽しみ。
昼食後、一路パムッカレヘ。455kmの長距離ドライブ。オリーブ畑、小麦畑、牧草地ののどかな田園風景を楽しむ。
author : あっこちゃん(greattiger1) | 09:35 | comments(409) | trackbacks(0) |

▼ イスタンブール市内観光「エジプト・トルコ・ギリシャ紀行(3)」
[ 旅行 ]
朝8時出発の強行軍。まずはブルーモスクへ。スルタン・アメフト一世ジャミイが正式名称である。
ドームの大きさと6本のミナレット(尖塔)が自慢の現役モスク。内部の装飾がブルー基調であったから、ブルーモスクと言われたとのことだが、特にその印象はない。内部は照明用の鉄枠が頭の上あたりにあり、美観を損ねっている。ステンドグラスもたいしたことない。とにかく大きさが自慢である。

ブルーモスクから歩いてアヤソフィアへ。こちらはビザンティン時代には今のバチカンのサンピエトロ寺院にあたる大聖堂であったとのことで、ビザンティン美術の最高傑作といわれる所以を垣間見ることができる。残っている聖母子などのモザイク画はイスラムによる破壊の損傷が多くみられるのが残念である。

アヤソフィアから歩いて地下宮殿に入る。宮殿と言われているが、実際は地下貯水地である。6世紀に今の形になったといわれているが、立派な貯水池である。中に入るとオペラ座の怪人のすみかを思い起こさせる。奥へ行くといわゆるメンドーサの首に出くわす。二本の柱の土台に使われている首は逆さ向きと横向き。四天王の下で踏みつけられている蛇鬼のように意味のあるものなのか?それともどこかの廃墟から持ってきた首が単に土台として座りが良かったからなのか?今も論争が続いているとのこと。


その後、有名なグランドバザールに廻る。アメヨコを大きくした感じ。甲子園の半分ぐらいの広さに4400の店がひしめきあっている。高いとの予備知識であったので、冷やかしに徹する。

午後、トプカプ宮殿に入る。スルタン(国王)の住居であり、政治の中枢でもあったところ。呼び物はハーレムと86カラットのダイヤである。
日本の大奥にあたるハーレムは、華美さやきらびやかさを感じさせない。女奴隷たちの逃亡を防ぐため、あるいはスルタン位争いに敗れた皇子たちをとじこめるためであろうか、窓という窓は鉄格子でふさがれており、陰惨な感じが強い。スプーン売りのダイヤと言われている86カラットのダイヤはすごい。家内に勝ってやろうと思ったが、売ってくれそうもないのであきらめる。

もう、夕方5時過ぎになっていたが、さらにボスポラス海峡クルーズに向かう。このハードスケジュウールが今回のツアーすごいところである。少し下痢気味であったので、乗船までの途中で、名物の「のびーるアイス」屋が威勢よくやっていたが食べるのを我慢する。

船内でのビールも我慢し、ファンタオレンジにする。おいしかった。
地図上ではほんの線でしかない海峡であるが、意外に幅は広い。快晴の中でクルーズはすがすがしい。伝説の乙女の塔を最後にクルーズは終わり。

夜、ベリーダンスのショーを見ながら夕食をいただく。腰ふりの少な目の一人ハワイアンといったところか。腰の肉つきがふくよかめの方がいいとのことがなんとなく分かる感じがした
夜遅くホテルに着く。疲れきってすぐに寝る。強行軍だ!
author : あっこちゃん(greattiger1) | 13:51 | comments(590) | trackbacks(0) |

▼ ツタンカーメンの秘宝「エジプト・トルコ・ギリシャ紀行(2)」
[ 旅行 ]
今日はカイロ市内観光。まず、エジプト考古学博物館へ。ツタンカーメンの秘宝とミイラで有名だ。
エジプトが繁栄した5000年前からなんと3000年間もの長い間の古代美術のエッセンスが所狭しと並んでいる。
圧巻は何と言ってもツタンカーメン秘宝群だ。よくぞ3300年間、盗掘もされず残っていたものである。4重の巨大な逗子の中に石棺、さらに3重の人型棺、そのなかに黄金のマスクに覆われていたツタンカーメンのミイラが入っていたという。これらを発見した時のハワード・カーターの感激はいかばかりであろうか?ミイラと一番外側の人型棺は今も王家の谷に葬られているので見られないが、それ以外の副葬品はすべて見ることができた。ミイラ化する時の臓器を入れるカノプス坪の淵には生々しい血の痕が。数千年の時を経ているとは思えない。この感激の映像を持ち帰りたい思いが強いが、残念ながら写真を撮る事が出来ない。そこで、日本語版があった「ツタンカーメンの秘宝48選」を購入し、後で感激の余韻に浸ることにした。

続いてモハメドアリモスクへ。一言でいって美しいとは言えないし、美術的価値は感じない。

日本人にはモハメドアリといえばボクシングしか思い浮かばない。モスク内は今も礼拝に使用するためであろう、多数の電球が針金のようなもので地上数メートルのところにぶらさげられており、美観を感じない。イスラムのモスクはヨーロッパのドーモと比べ、イスラムが偶像崇拝を禁止しているからとはいえ、美観的には劣ると言わざるを得ない。

夕方のフライトでイスタンブールへ。エジプト航空はアルコールの機内サービスがない。成田からカイロの時は簡単にアルコールを機内に持ち込めたが、カイロの場合は厳密にチェックされるとのこと。免税品だとOKということなので、ワインを持ち込むことを考えたが、ワインオープナーを持ってきてないのに気づく。そこで免税店ではないカフェテリアで、オープナーなしでも開けられる500mlのワインを購入。案の定セキュリティチェックで引っかかる。領収書を見せてチェックイン後空港内で買ったのだからいいだろうという感じのことをつたない英語で言うと、なんとなく免税品でないから駄目だと言っている感じ。こちらは免税品のつもりで買ったからと主張する。やり取りを何回やった後やっと通してもらう。これで一段落と思って待合室で座っていると、2回もセキュリティチェックのおじさんが来る。しつこいたらありゃしない。同じようなやり取りを繰り返しやっとの思いで機内への持ち込み成功!!ああ疲れた。

【エジプト雑感】
たった二日間の滞在でエジプトをどうのこうのとは言えないが、「数千年前にピークであった国家の今日の・・・・・」というのが率直な感想である。おそらく砂漠化はどんどん進んでいるので、とにかく街がほこりっぽくて汚い。木々の葉っぱは雨が降らないからであろうか、砂ぼこりに覆われ、道路はゴミだらけである。街では子供が仕事をしているのが目立ち、おじさん連中は居煙草屋で水煙草をふかし恍惚の表情である。



MS 明朝 (本文のフォント - 日本語)
author : あっこちゃん(greattiger1) | 14:01 | comments(738) | trackbacks(0) |

▼ ピラミッド三昧の初日「エジプト・トルコ・ギリシャ紀行(1)」
[ 旅行 ]
エジプト、トルコ、ギリシャの13日間ツアーに参加した。

夜、カイロ着、空港からギザのホテルに向かう。途中の道の汚いこと、ゴミだらけ。水煙草をふかし、恍惚の表情の立派なひげのおじさんたちをたくさん見かける。ここはイスラムの国、居酒屋ならぬ居煙草屋といったところか?

昨夜遅くホテルに着いたのに、7時15分ホテル出発の超ハードスケジュール。時差ぼけと睡眠不足でしんどいが、そんなこと言っていられない。バスがちょっと動くと、もうピラミッドが目の前にどでかく現れる。
いわゆるギザの三大ピラミッドである。
クフ王、カフラー王、メンカフラー王の時代は4500年前の古王国時代の最盛期だったとのこと。砂漠の中というより町の横にあるという感じ。言い換えると町の横が砂漠ということ.

よくこんな砂漠の近くで5000年も前から3000年間もの長きにわたり古代文明が栄えたものだ。
まず、一番大きいクフ王のピラミッドの前に立つ。やっぱりでかい、雄大さに言葉が出ない。

ピラミッドのなかに入ってみる。少し行くと、高さ1mちょっとの狭い通路になる。この通路を中腰で登ってゆかねばならない。注意していても頭を打つこと三回。さらに長い大回廊を息切らせて登ってゆく。
平均年齢67歳のメンバーはみんなきつそうである。やっとの思いで王の間にたどりつく。あるのは蓋のない石棺だけである。中の豪華な埋葬品すべて盗掘されたのであろう。こんな目立った墓を造ったのでは盗掘してくださいと言っているようなもので、その点、後の王家の谷の墓の方が盗掘に対してはいろいろ工夫がされているようである。
続いてクフ王の息子のカフラー王、またその息子のメンカフラー王ピラミッド、有名なスフインクスと廻る。息子は親父の墓より小さくしているところがいじらしい。

ピラミッドの見えるレストランで昼食後、ダハシュールの赤ピラミッド,屈折ピラミッド、サッカラの階段ピラミットとピラミッドの進化とは逆の順に見学する。箱形の墳墓から階段、屈折とピラミッドへの進化がよく理解できた。

途中、古代エジプトの最初の首都メンフィスに立ち寄り地震により倒れたエジプト最強のファラオと言われたラムセス二世の巨像を見る。映画「十戒」のユルブリンナーがラムセス二世の役だったことを知る。もう一度十戒を見てみようかな・・・。

author : あっこちゃん(greattiger1) | 13:20 | comments(436) | trackbacks(0) |





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